Clip & Scrap

鶴見線三度

2002/06/14 Fri 22:11 +09:00 JR > 鶴見線

鶴見線
大川支線行き

ずっと忙しくて日曜日も休めない日が続いていたので、少し前の話し。南武支線の話しを息子にしたら「行きたいっ」というので連続して南武支線へ。前と少し違ったのは、浜川崎から鶴見線に乗り換え、扇町、海芝浦などを回ったことです。日に数本しかない大川支線に乗ることはできず、後ろ姿を撮影したのが上のカット。

鶴見線
これは鶴見線の浜川崎

鶴見線
扇町駅のDE10

扇町へは以前仕事に行く合間に、鶴見線に来たときにも行けなくて、今回が初めて。日本鋼管の工場の中の駅で、DE10が休んでいました。

鶴見線
浅野駅

今回の最大の目的は、鶴見の沖縄通りに行って「沖縄料理」を食べることでした。あらかじめインターネットで調べると浅野駅からが最も近いことがわかりました。で、浅野駅から徒歩で沖縄通りへ。沖縄物産センターは思ったより小さな店構え。インターネットに出ていた店は午後3時過ぎというのに営業していて混んでいました。味は沖縄の味そのままという感じで良かったですよ。

沖縄通り

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横軽

2002/09/08 Sun 21:02 +09:00 JR > 博物館

横軽
横軽
EF63が元気だった頃の横川駅

新幹線ができる前の軽井沢−横川間は、どの列車もEF63重連の力を借りる必要があって、特に横川は機関車の付け替え時に「峠の釜飯」を買うためホームに乗客が一斉に飛びだして行ったものです。新幹線になって在来線は廃止され、横川には新幹線も停車しない普通の駅になってしまいました。それで「碓氷峠鉄道文化むら」をつくったのもわからないでもありません。何面もあったホームは使われなくなり線路も少なくなっていました。

横軽
横軽
現在の軽井沢駅

横軽
横軽
現在の横川駅

軽井沢から横川へ行くにはバスで行くしかありません。長野駅から快速に乗って速く着いたのですが、横川行きバスは出て閉まった後で、次は1時間30分以上待たなければなりませんでした。それで食事をしつつ、レンタサイクルで草軽電鉄の廃貨車のあったところへ行ってみたのです。横川行きのバスは満員。補助椅子をつかわなければならないほどでした。

そして横川に着くと「碓氷峠鉄道文化むら」はすぐ近くで、EF63の車庫をそのまま使用。在来線の「あさま」とEF63・2連がホームにつながれてましたが屋外のためか、かなり傷んでいました。

横軽
横軽
下の建物を「鉄道文化むら」でそのまま使っているようだ

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セノハチ

2002/09/13 Fri 20:46 +09:00 JR > 博物館

碓氷峠鉄道文化むら(なんで「むら」だけかななんだろう?)は、EF63の運転ができるのが他と違うだけで、鉄道の展示の典型という感じ。奇麗に塗装されてレールの上に乗って動かないのより、薄汚れて油まみれでも、走っているのがイチバンなんですが。

展示の中で驚いたのはセノハチのEF59でした。実物を見たのは始めてだったので。特に走行中に開放できる連結器の本物はなかなかでした。なんかいろいろなものが付いてゴチャゴチャして……。反対側は連結器だけでスッキリでゼブラ塗装と前後が対称的でいいですね。

碓氷峠鉄道文化むら
セノハチ(山陽本線・瀬野−八本松)の補機、EF59

横軽時代に使われていた車庫がそのまま文化むら内にあって、当時の工具がタイムスリップしたかのようにそのまま置いてありました。ライブスチームの9600と、外周をナローの蒸気機関車が走っています。オーストリアのチャラタール鉄道のような蒸機でした。これを道路と平行してもう少し長い距離を走らせたら……と思うのは無理な注文かなっ。ダージリンのようになるのに……。 走ってはいませんでしたがアブト時代の日本初の電気機関車EC40に似せたディーゼル機関車もありました。

碓氷峠鉄道文化むら

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新橋停車場

2003/02/11 Tue 01:51 +09:00 JR > 博物館

新橋停車場

会社に泊まりになってしまった後、そのまま家に帰るのはしゃくなのでシオサイトへ。新橋停車場の記事が新聞に出ていたからです。鉄道開通当時を復元と。まだ内装工事中でした。通りから中に入るとホームのようなものがありました。どうやらここをテラスのようにするのではないかと思われます。ホームの下にビニールのカバーがしてあって車止めが見えます。ここが開通当時のゼロキロポストのようです。もっと敷地の中へ入るとゆりかごめがすぐ上を走る風景になります。シオサイトが完成すれば、ここは良い撮影ポイントかも。

新橋停車場 新橋停車場
左/通りに面した建物  右/ゼロキロポスト??

朝、大岡山益に見なれない車両が。目黒線用の5080系でした。新5000系は見るのははじめて。目黒線用はグリーンの帯を紺色に変えて登場。この方が私は好きです。赤帯に緑帯は補色だし……。慌てていつもカバンにしのばせてあるメモ用デジカメを取り出す。なんと電池切れ。慌てて変えて取ったら発車してホームの端のブレたカットになってしまいました。まあ珍しいということで。

5000系

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0哩(ゼロマイル)標識

2004/07/18 Sun 02:18 +09:00 JR > 博物館

工事中のときに新橋ステーションを模した建物からホームが伸びて、下に線路ちゼロマイル(ゼロキロじゃなかった)ポストが立っていました。ホームの上がオープンテラスになると予想していたのですが、完成してもホームはそのままでした。屋根も骨組みのまま。0哩標識の説明板が立っていました。内容は下に。枕木が見えないほどバラストを盛っている意味がわかりました。

0哩(ゼロマイル)標識

0哩(ゼロマイル)標識


0哩標識

1870年4月25日(明治3年3月25日)、測量の起点となる第一杭がこの場所に打ち込まれました。1936(昭和11)に日本の鉄道発祥の地として0哩標識と約3mのレールの軌道を復元しました。1958(昭和33)年10月14日も、旧国鉄によって『0哩標識』 は鉄道記念物に指定され、1965(昭和40)年5月12日、「旧新橋横浜間鉄道創設起点跡」として国の指定史跡に認定されました。
 
創業時の線路

創業当時、枕木やレールの台座(チェアー)は小石や砂の混じった土を被せられ、レールの頭だけが地表に出ていました。レール断面は上下対称のI型で、双頭レールといいます。この復元軌道の半分は小石を被せて当時に近い状態を再現し、残りは枕木や台座が見えるようにしました。双頭レールは練鉄製で、1873年にイギリスのダーリントンで作られ、官設鉄道使われたあと、新潟県柏崎市の製油所で使われたもので、新日本石油株式会社、新日本石油加工株式会社の両社からご寄進いただきました。

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さようなら交通博物館

2006/05/05 Fri 02:30 +09:00 JR > 博物館

交通博物館

神田須田町の交通博物館が、さいたま市に移転することになり、5月14日をもって閉館。閉館になる前に一度行こうとずっと思っていて、ゴールデンウィーク中に行くことができました。ニュースではゴールデンウィークのスタートから子ども連れで満員、と言っていましたが、まさにそのとおり。入場券売場は臨時も設けられていましたが長蛇の列。特に館内のパノラマ模型運転のコーナーは、運転の回数をいつもより増やしていましたが、走る様子が全く見えない状態でした。

初めに交通博物館に行ったのは多分高校3年生の夏。入試前の夏期講座で、ひとり東京に1週間以上滞在。休みの日に出かけたのだと思います。だから入口の新幹線とD51の先頭部分もなかったし、入ってすぐの蒸気機関車展示にもC57はない時代です。まあ、蒸気機関車が現役の時代だったのです。それから子どもを連れたり、近くに行ったときに何回か入っています。

鉄道にしか興味はなかったので、実は3階より上は行ったことがありませんでした。今回は1階が超満員ということもあり、1階は万世橋駅の遺稿と特別展示、比較的すいている2階から屋上を見て回りました。2階から上は映画「3丁目の夕日」の世界。オート三輪やスバルに大勢の人がいました。休憩所の椅子には熟睡のお父さんの姿がチラホラ。そういえば息子と娘2人を連れて行ったときはそうだったなぁと…。

交通博物館 交通博物館

交通博物館 交通博物館

目的の万世橋駅の遺稿ですが、電話申し込みはできなかったので中に入ることはできませんでしたが、博物館と万世橋駅が併設されていた時代に、博物館に直接出入りできる階段が、壁の窓から見ることができるようになっていました。博物館の休憩所は、万世橋駅階段の踊り場だったのです。

万世橋駅の特別展示では広瀬中佐の銅像が駅前にあった初代駅からの写真を展示。初代の駅前のにぎわいは現在の博物館の周辺とは全く別物。初代鉄道博物館は東京駅にあったこと。昇平橋駅、地下鉄万世橋駅のこと、新子安駅に廃止になった万世橋駅の資材が使われたことなど、初めて知ったこともあってなかなか面白かった展示でした。初めて屋上に上がると旧ホームが真下に見え、東京駅寄りに四角い窓が出っ張っていました。電話で事前に申し込むと、この窓からホームを見ることができるのですね。

蔵出し特別展示は、博物館で使われた大型模型の展示でした。川合製作所製が多く、天賞堂製も。そういえば「三丁目の夕日」の銀座服部時計店の隣りが天匠堂でした。2007年秋にさいたま市大宮に移転し、名称も「鉄道博物館」に戻ります。展示されていた完成予想パースと建築模型から判断すると、転写台のまわりに実車が多く展示されるようです。横川の「碓氷峠鉄道文化むら」に屋根を乗せた感じに思えました。須田町だと近くに来たついでにふらっと寄ることができたけど、さいたま市となると……。

交通博物館

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新橋停車場

2006/10/13 Fri 01:04 +09:00 JR > 博物館

新橋停車場遺構新橋停車場場で、さいたま市に来年オープンする鉄道博物館プレイベントとして「夜行列車」を入場無料で行っているという車内吊が目に止まったので日曜日に行ってみました。。会場もそれほど大きくなく、まずまずといったところ。

以前建設中の新橋停車場の様子は くりっぷ & すくらっぷ に載っていますが、シオサイトが完成してからは初めて。鉄道開通当時の遺構が建物のあちこちで見ることができるようになっていたのですね。そっちの方が個人的には面白かったですね。展示物を変えて、いつも展示はしているよう。また、行ってみたいと思います。

新橋停車場外観

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新橋停車場の夜

2006/12/07 Thu 02:12 +09:00 JR > 博物館

新橋停車場

以前、新橋停車場でさいたま市にオープンする鉄道博物館プレオープン記念「寝台車」を見に行きました。そのときに次回は国鉄に買収された甲武鉄道などと書かれていたので出かけました。ところが展示は1週間後から。

しかし少し待てば新橋停車場の裏のホームでライトアップがあるといえことで少しの時間待ちました。始まったライトアップの写真が上。もっと動くのかと思ったらライトが点滅するだけ。汐留は他の建物でもライトアップが行われていました。

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