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沼尻軽便鉄道

2003/08/31 Sun 02:24 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

沼尻軽便鉄道猪苗代町商工会青年部の渡部さんからTOY TRAiNのトップ画面を「沼尻軽便鉄道跡を歩くウォ-キングイベント」に使いたいとメールをいただきました(結局使われませんでした)。沼尻軽便鉄道は残念ながら行ったことはありません。行こうとは思っているうちに突然廃止になってしまって……。社員旅行で野口英世博物館に行ったので、近くに廃車体があると聞いていたので抜けだそうとしたのですが、団体行動の悲しさ、そんな余裕はないようにスケジュールが組まれてました。

沼尻軽便鉄道は正式な名前ではなく通称です。廃止前は電化はされていないのに「磐梯急行電鉄」となって別荘分譲のチラシに載っていたのを見て驚いたことがありました。ホームページで調べたり、「知られざる鉄道II」を見ると、現在では保存も整備されているようです。

ウォーキングは今回が5回目。何もなければ行ってもいいなぁと思うのですが、ちょうど予定が入っていて行けそうもありません。イベントのチラシもいただきました。

10月4日(土)川桁〜沼尻の16.6km、川桁駅前集合、午前7:00〜8:30集合、オープンセレモニーがあって9:00スータト、参加費用1,000円、雨天決行、あらかじめ申込が必要ということです。

チラシと別に「とんでもないふるい磐梯朝日国立公園候補地なんていう地図を発見したので、お送りします。」といただきました。これはすごい。よく見ると耶麻軌道と名乗っていた時代のものですね。

沼尻軽便鉄道
↑クリックすると全体が表示されます。

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磐越西線

2009/05/17 Sun 14:01 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

大井町駅 郡山駅金太郎

5月の連休、足利に続いて輪行で出かけたのは川桁。沼尻鉄道の廃線跡に行ってきました。大井町から東京駅、新幹線で郡山へ。郡山駅には電気機関車金太郎が遠くに見えました。ここから磐越西線。てっきりディーゼルに乗換えと思っていたら電車が止まっています。磐越西線が電化されているのを知りませんでした。SLばんえつ物語も走っていたので。

電車は719系。キャラクター(日テレのマークにそっくり)が描かれていて、塗装も他の719系と違います。磐越西線色だけなのかな。2両が1編成になっているよう。郡山駅を出ると急勾配のようでかなりゆっくりのスピードです。乗ってわかったのですが電化は喜多方まで。中山宿駅はスイッチバックではなくなっていました。トンネルも新たに掘ったところもあるようで、横に旧トンネルがありました。

郡山駅

沼尻鉄道は営業しているときに行こうと思っていたのですが、突然休止。そのまま廃止になって悔やんだものです。その当時仕事で、磐梯急行電鉄の別荘地新聞折込の仕事に偶然関わっていて、沼尻鉄道が名前を変えたことは知っていました。不動産事業のための名前変更ということは新聞折込から理解できました。仕事上で、他の人に「沼尻鉄道のことだよ」と行っても「何それ」と言われるだけ。

郡山駅から乗ったのは快速。川桁駅には必ず停車するわけではなく朝のみ。降りると無人駅で小さな駅舎。さくら祭りの登りがたくさん立っていて、その向こうに沼尻鉄道の記念碑が見えます。桜は散り始めていたのですが、まだ見ることはできました。続きます。

川桁駅舎 川桁駅

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沼尻軽便鉄道川桁駅跡

2009/05/18 Mon 00:13 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

沼尻鉄道記念碑

川桁駅前の広場には黒い石で沼尻軽便鉄道記念碑。高原列車は行くの歌詞と駅名、裏は歩みに復興促進委員会の名。駅舎を背にして右手の八重桜の近くに川桁駅跡の看板。このあたりに駅舎があったようです。看板には駅の説明と当時の白黒写真。

川桁駅跡

左下が看板に掲載してあった白黒写真です。右は川桁駅を出て、沼尻方向へ伸びる路線跡の道路。折りたたみ自転車を組み立て、路線跡と言われている道路を走り出しました。しばらく続きます。

昔の川桁駅写真 川桁駅から沼尻方向

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観音川

2009/05/24 Sun 03:35 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

沼尻観音川

沼尻鉄道が観音川を渡っていた橋です。ゴールデンウィークのもう少し前に行けば満開だったと思います。まだ桜祭りの灯りが残っていました。行く前にWEBで見たら、4月の終わりの満開のときに、緑の村で沼尻鉄道のレイアウトの運転会が会ったことが書かれていました。

沼尻廃線跡観音川を過ぎた廃線跡の写真です。知らないとわからないですね。ここから川桁の集落を抜けて磐梯山を見ながら走ることになります。

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白津停留所跡

2009/05/24 Sun 23:18 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

沼尻廃線跡2観音川を渡って少し進むと、道路に沿って沼尻鉄道は走っていたらしい。ずっと幅の広い方が道の片側だけ続いています。駅の跡には「懐かしの沼尻軽便鉄道を訪ねて」との標識があって写真と説明文が書かれているので、すぐわかるようになっています。白津停留所跡の標識が下。昔の写真には木造の建物が写っているのですが現在は空き地になっています。この跡も道路沿いを走っていたようです。

白津駅跡

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内野停留所跡

2009/05/28 Thu 02:36 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

水子地蔵白津駅跡の近くには地蔵堂があって、赤い前掛けのおじぞうさんが2つ。なかなか色がきれい。千羽鶴なんかもあったから水子地蔵かなっ。

ここからもずっと道路沿いが廃線跡らしい。周りに建物が見あたらない道路沿いに内野(うつの)停留所の標識。標識に昔の写真が載ってますが、こちらも全くまわりに建物がなく畑。現在は住居がまわりに少しはあります。

内野駅跡

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会津下館駅跡

2009/05/31 Sun 21:03 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

会津下館駅跡

JA

内野駅跡からもずっと道路沿いに沼尻鉄道は走っていたようで、しばらくすると少し大きな集落になります。大きな観音堂があって、「長瀬産業組合」と書かれた古い建物ではそば打ち教室などで現在も使われていました。軽便鉄道のレイアウトにいいかもしれない。たんぽぽの黄色がきれいでした。

会津下館には沼尻鉄道時代の唯一の生き残りで有名な、公衆便所があります。近くに行ってみると実際に使われているようです。

観音堂 下館トイレ

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荻窪停留所跡

2009/07/19 Sun 13:05 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

磐梯山

沼尻鉄道跡に行って来たのですが、その跡WEBで調べると「街道Web」という福島県の古い街道を調べているページで、その中の「寄り道Web」に沼尻のことが載っていました。このWEBは凄いです。ホントにスゴイ。沼尻の他にも森林鉄道他をほとんど調べられています。必見です。このページを見てわかったのは、旧停留所、駅などの前を素通りしていたこと、他の場所にあったことがわかりました。それで再度行くことにしました。これから後は、初回と2度目と両方の写真と話です。もっと詳しく知りたい方は「街道Web」を見ることをすすめます。

荻窪バス停荻窪停留所跡の標識はバス停があるところから、磐梯山が見える方向と逆に曲がると集会所があって、その横にあります。バス停あたりに停留所はあったようです。この辺りは水田の向こうに見える磐梯山がきれいです。この話を続けます。


荻窪停留所跡

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白木城停留所跡、樋の口駅跡

2009/07/20 Mon 14:02 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

白木城停留所跡

磐梯山を横手に見ながら進むと白木城停留所。ただ、周りには集落は見あたりません。さらに進むと大きな集落があって、ここに列車交換ができる会津樋の口駅があったようです。

会津樋の口駅跡ここは初めに行ったときチャリで素通りしていました。この辺りだろうとまわりの建物は撮ってありましたが。標識に載っている現役当時の写真をみると、駅舎も立派です。転車台もあっとか。閉店になったいた白いコープの建物のあたりが駅舎があったところと「寄り道Web」に出てました。

会津樋の口駅

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樋の口の映画館跡

2009/07/21 Tue 00:14 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

樋の口映画館跡

樋の口映画館跡入口会津樋の口駅跡から進んだ集落の中に昔の映画館がそのまま倉庫になって残っているとWEBでみたので探しました。道路から離れた人家の中に残っていて映画館といってもかなり小さい。壁の曲線のところに穴があいています。ここで入場券を買ったのだろう。

建物の横の窓ガラスから中が見えました。農薬や農機具が置かれています。近くの家から怪しい者がいると思ったのか人が出てきたので退散しました。レイアウトのストラクチャーに面白いと思いつつさらに沼尻鉄道の跡をすすみました。

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名家停留所跡

2009/07/23 Thu 02:13 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

酢川

酢川には道路の橋が架かっていました。沼尻鉄道は現在の橋の少し左にあったようです。酢川を渡って少し行くとセブンイレブンがあって休憩。初めに行ったときはそのまま沼尻に向かってしまいましたが、セブンイレブンの交差点の近くに名家停留所の標識があったのでした。

名家標識

名家名家あたりから発電所建設の資材を運ぶ線路があったようです。遠くにその発電所の銀色の放水管が見えました。酢川の橋、発電所への話は「寄り道Web」に詳しく出ています。

下はセブンイレブンの裏手の道。ここを沼尻鉄道は走っていたようです。ずっと続くかと思ったら、家の庭になって途切れていました。

名家から沼尻方向

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酢川野停留所跡

2009/07/25 Sat 12:32 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

酢川野停留所跡

踏切跡酢川を渡って着くのが酢川野。停留所跡の標識には「国道115号線が軽便軌道」と書いてあり、踏切があったようです。左の写真の舗装してあるのが国道115号で沼尻鉄道が走っていたところ、舗装されていない道路が当時の道路だと思います。舗装されていない道路は荒れていて、現在は全く使っていないよう。
猿に注意酢川野からまっすぐ国道は走っていて「猿に注意」の立て札がいくつかありました。野菜や果物の直売所やそばやも時々現れます。この辺りからは農地整理で沼尻鉄道が走っていた当時と地形が変わったと「街道Web」に出ていました。

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蝉丸の墓

2009/07/26 Sun 20:44 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

蝉丸の墓

酢川野バス停酢川野停留所跡の標識に書かれていた「蝉丸の墓」が上の写真。初めに行ったとき山側の道を走っていたら偶然ありました。百人一首の歌人として有名らしいのですが、私はこの方面はまったく興味がないというか無知。帰ってWEBで検索したら、「蝉丸の墓」と名乗るは各地にあるようです。

左は酢川野停留所の向かいにあるバス停。もしや沼尻鉄道の施設を流用と思って撮ったのですが、無関係でした。まあ、国道を沼尻手道に置き換えると雰囲気は味わえるかも。

酢川野と木地小屋の間も、初めに行ってとき集落のある道を走りました。古い建物がたくさん残っていて、JRの貨車を利用した倉庫などがあり、ストラクチャーづくりの参考資料にはなりました。

木地小屋集落 廃貨車

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木地小屋停留所跡

2009/07/27 Mon 21:33 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

木地小屋

国道ずっと国道を沼尻に無って進んでいくと、木地小屋停留所跡が左にあります。ここも初めに行ったとき素通りしてたので再訪。草地に標識が立っていて見逃すわけはないのに……。この草地が停留所の跡ということです。左は国道と集落に入る道路と分かれるところ。木地小屋の次は沼尻。結構距離があります。

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沼尻廃線跡

2009/07/28 Tue 02:11 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

沼尻鉄道跡1


国道はだんだん急坂に。農地整理できれいにコマ割された中に真っ直ぐな農道
がある。ここを進んでいくと沼尻に通じる廃線跡がある。まっ、沼尻で有名なところですね。だけど私は初めに行ったとき、大原の集落の方に行ってしまいました。大原集落の中の道路はものすごく急。国道もみの先、登坂車線になります。だから集落を避けて林の中に線路を引いたのは、わかる気がします。木のトンネルは明るくなって、コンクリートの橋脚が現れました。

沼尻鉄道跡2

沼尻鉄道跡3

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さらに沼尻へ

2009/07/30 Thu 01:37 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

沼尻鉄道跡4

沼尻鉄道跡5緑のトンネルを抜けると木がないところもあります。カーブせずにほとんど真っ直ぐ。また木の間があり道路と交差。ここから盛り土の上が廃線跡。ずっと横を小さな川が沼尻鉄道に沿って流れていて、何かの跡のような朽ちた木が4本ありました。もうじき沼尻駅。

沼尻鉄道廃線跡6

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もうじき沼尻

2009/07/31 Fri 01:46 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

沼尻鉄道跡7


上の写真の右の錆びた鉄柱が有名な信号機の跡。その近くに鉄製の短い桁の上に木製の渡り板。先は人家になっていて進むことはできません。この辺の詳しいことは「寄り道Web」に出ています。ほんと、このページはすごい。真っ直ぐいった先に沼尻駅の駅舎があったということです。

沼尻鉄道跡8

沼尻鉄道跡9

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沼尻駅跡

2009/07/31 Fri 02:37 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

沼尻駅跡

沼尻駅駅舎

終点だった沼尻駅跡。駅舎が向きを変えて観光会社の事務所として再利用されていたことで有名。その事務所も閉鎖されて今は無人。看板だけはまだそのまま残っている。防火用水の近くに駅跡の標識が立っていて、このあたりに駅舎があったよう。

沼尻駅

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沼尻駅倉庫

2009/08/01 Sat 01:53 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

倉庫跡

駅舎の建物跡の横にあるのは、沼尻鉄道で使われた倉庫と言われています。ガラス戸越しに中をのぞいてみました。ラジカセが置いてあったり事務机があったりして、仕事の途中のままの感じ。段ボールに「湯の華」の文字が、ステンレスの容器には粉が見えます。硫黄から風呂用の入浴剤ても作っていたのでしょうか。

倉庫内 倉庫内

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猪苗代湖から緑の村へ

2009/08/03 Mon 01:13 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

川桁駅

初めに沼尻鉄道に行ったとき、精錬所跡まで行くのはあきらめました。とにかく坂が急で、車でも登坂車線があるし、折りたたみ自転車では辛そうで、大原集落内でさえ急坂で、それより急に見えたので。逆に川桁までの帰りはずっと下りで楽でした。

川桁駅まで戻り国鉄との連絡線、農業倉庫あたりを見て、沼尻鉄道の車両が保存してある「緑の村」へ。途中の川を橋の上から見ると河原と河床が黄色の硫黄の色。硫黄が川の富養化を防いだと言われています。猪苗代湖に沿ったサイクリングロードを走り野口英世博物館の手前で山側に曲がって緑の村を目指します。

黄色い川

常磐線をオーバークロスした辺りから、また急な登坂。緑の村は思ったより広く、施設が磐梯山の麓に散らばっていたのでした。猪苗代湖を回るより、市街地を通った方が楽かもしれません。

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翁島駅舎

2009/08/05 Wed 01:46 +09:00 JR東日本 > 磐越西線

翁島駅舎

緑の村の入り口にあるのが旧翁島駅舎を利用した「そば処駅舎亭」。ここでそばを食べようと初めから計画していたので、ここまでずっと我慢。14時過ぎになっていて空腹を通り超していました。天ざるを注文。空腹が満たされたことは覚えているが、味は覚えていない。

翁島駅の半分は貴賓室だったというから、奥の区切られた部屋で食べたので、そこが貴賓室かも。昔の時刻表、料金表もそのまま残っていていい感じ。この裏に沼尻鉄道の機関車と客車が保存展示されているのです。腹も満たされたので裏にまわってみます。

翁島駅舎内

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緑の森に保存の沼尻鉄道車両

2009/08/09 Sun 13:30 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

緑の森保存車両下から

緑の森保存車両横から

緑の村の旧翁島駅舎の後ろの高くなったところに沼尻鉄道のディーゼル機関車と客車2両が保存されているのは有名な話。解放されているので誰でも乗ったり入ったりできます。ゴールデンウィークだったので子供連れが多く来ていました。

ディーゼル機関車は昭和28年製DC121。協三工業で蒸気機関車の下回りを利用した、当時の軽便鉄道にはあちこちで見られた方法。地元の方が保存していた車両を緑の森に保存したと説明板に書かれていました。

機関車のパイプが実際と違う場所についていたり、2両の客車に「ボサハ12」と同じ番号が書かれているなど間違いがあるようですが、沼尻鉄道の車両が残っているはなにより。

しかし沼尻鉄道から離れた場所ではなく、川桁か沼尻、または会津樋の口に保存すべきではないかと私は思う。子供が乗れるようになっているのはいいのだけど、かなり傷んでいるような。

沼尻ディーゼル

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沼尻鉄道ボサハ12

2009/08/09 Sun 22:17 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

沼尻客車

P5050240.jpg緑の村に保存されている客車は2両。どちらにもボサハ12と書かれている。客車の形式はボサハ12型で、ディーゼル機関車に近い方がボサハ12で、後尾がボサハ13。見た目は同じような客車だけど、ボサハ13は台枠が角形、ボサハ12は台枠の車端が丸みを持っていて角を補強してあります。ボサハのボはボギー台車の「ボ」。上の写真がボサハ13、下の室内がボサハ12ということになります。

沼尻客車内

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沼尻タイプ

2009/08/10 Mon 00:12 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

沼尻タイプ客車

沼尻タイプガソ101以前、沼尻の車両を作ってました。30年以上前。久しぶりに軽便の車両を箱から出しました。ガソ101タイプは珊瑚模型のエッチング板からだと思います。1/87のスケールで外板のみ。キットではなくて車体のエッチング板だけしか売ってなかったはず。そんな時代でした。製作力がないため本物と少し違います。下回りもカトーの2軸用動力車を流用。まあ、そのためよく走りました。

客車はボサハ12。車体はペーパー、屋根は木製。写真から1/80で寸法を割り出して作ったものです。ステップもペーパー製。車端が本当は少し曲線でないと行けないのですが直線。台車も本物と少しちがう普通のアーチバータイプ。だからボサハ12タイプですね。こちらはウェザリングをしてます。ガソ101タイプは塗装したまま。

車体のクリームとオレンジは、当時の私の鉄道の標準色。実は当時の雑誌はカラーが少なく、沼尻鉄道の塗装はよくわかりらなかったのが本音です。本当は見に行けば良かったのですが、行こうと思っているうちに廃止になってしまったのです。

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沼尻鉄道のパーツ

2009/08/11 Tue 00:53 +09:00 軽便 > 沼尻鉄道

ボサハ12トラス棒 ボサハ12台車

ボサハ12連結器 DC121製造プレート

ボサハ12 DC121ナンバープレート


沼尻鉄道の廃線跡の話もこれで終わりです。最後に緑の村に保存されている沼尻の車両の台車、連結器、他の部分アップの写真です。後で作るとまの資料になるように、部分の写真を撮るのが癖。

川桁から酢川あたりまでは現在でも線路は敷けそうだし、磐梯山の眺めもいい。復活させて走らせてもいいんじゃないかと思うけど……。JR川桁駅の周りがあまりに寂しいし、せめて緑の村から沼尻鉄道の跡地に車両を移動してほしいのが個人的な感想です。

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