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休憩所
2010/09/13 Mon 00:39 +09:00 霞ヶ浦・房総 > 関東鉄道
つくばりんりんロードは筑波鉄道時代の大きな駅が休憩所となっていて、トイレなどの設備があります。まず虫掛休憩所。土浦を出てすぐあります。
続いて藤沢。虫掛からそれほど遠くはありません。周囲もだんだん畑が多くなり、もう刈り取りが始まった水田もあります。レンコン畑は霞ヶ浦方面に比べて極端に少ないです。というか霞ヶ浦周辺はレンコン畑のみが延々と続いて景色に飽きます。
次の筑波まではかなり距離があります。筑波山はずっと見ることができます。いろいろな表情に変わるので飽きることはありません。サイクリングロード脇には桜が植えられ、植えた人の小さな立札が置かれていました。桜の時期はいいかも。筑波はバスの発着場にもなっていて、事務所やレンタサイクルもあります。
筑波まで鉄道廃線跡がサイクリングロードになっていたのですが、筑波を出て少しすると、一般道路の歩道を走るようになります。短い区間ですが、廃線跡が広い一般道になったためで、信号に出会うとどっちに行っていいのかわからなくなります。一度、間違えました。意識的に凸凹を付けたり、曲がりくねったりさせてスピードを落とさせる区間があり、やや長い距離を走ると真壁です。
ここからは短い距離で休憩所があります。これまでの畑だけの周辺に変わって、石材の加工施設が多く見られるようになります。りんりんロードにも石材のモニュメントが置かれています。
ホームが他と駅と比べて長い雨引きを過ぎると、すぐに岩瀬に到着。市街地などはなくて、いきなりJRの駅の裏に出ます。
筑波鉄道跡を走ってみて、アップダウンや急曲線、トンネル、長く橋がない路線だったことがわかりました。線路を引くのは楽だったかも。ただ周囲に大きな街はないです。農地ばっかり。やや大きな北条も通りますが駅は外れにあり、筑波山と雨引観音への乗客が頼りだったという感じです。岩瀬も小さな町です。真壁から岩瀬まで石材加工が大きな産業のようでしたが、積出がトラックに変わったら収入源がなく、経営は苦しかったと思われます。
続いて藤沢。虫掛からそれほど遠くはありません。周囲もだんだん畑が多くなり、もう刈り取りが始まった水田もあります。レンコン畑は霞ヶ浦方面に比べて極端に少ないです。というか霞ヶ浦周辺はレンコン畑のみが延々と続いて景色に飽きます。
次の筑波まではかなり距離があります。筑波山はずっと見ることができます。いろいろな表情に変わるので飽きることはありません。サイクリングロード脇には桜が植えられ、植えた人の小さな立札が置かれていました。桜の時期はいいかも。筑波はバスの発着場にもなっていて、事務所やレンタサイクルもあります。
筑波まで鉄道廃線跡がサイクリングロードになっていたのですが、筑波を出て少しすると、一般道路の歩道を走るようになります。短い区間ですが、廃線跡が広い一般道になったためで、信号に出会うとどっちに行っていいのかわからなくなります。一度、間違えました。意識的に凸凹を付けたり、曲がりくねったりさせてスピードを落とさせる区間があり、やや長い距離を走ると真壁です。
ここからは短い距離で休憩所があります。これまでの畑だけの周辺に変わって、石材の加工施設が多く見られるようになります。りんりんロードにも石材のモニュメントが置かれています。
ホームが他と駅と比べて長い雨引きを過ぎると、すぐに岩瀬に到着。市街地などはなくて、いきなりJRの駅の裏に出ます。
筑波鉄道跡を走ってみて、アップダウンや急曲線、トンネル、長く橋がない路線だったことがわかりました。線路を引くのは楽だったかも。ただ周囲に大きな街はないです。農地ばっかり。やや大きな北条も通りますが駅は外れにあり、筑波山と雨引観音への乗客が頼りだったという感じです。岩瀬も小さな町です。真壁から岩瀬まで石材加工が大きな産業のようでしたが、積出がトラックに変わったら収入源がなく、経営は苦しかったと思われます。
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