佐原の写真をもうひとつ。瀬戸大橋ができていない30年近く前、児島と下津井間を走っている下津井電鉄に行く途中、「蔵の街・倉敷」のポスターに惹かれて倉敷に途中下車。川の両岸に昔の建物が残っているのは佐原と同じ。しかしポスターと同じ風景は大原美術家の周りに少し残っているだけ。今の倉敷は知りませんが、正直ガッカリ。佐原の方が良いです。
下津井電鉄は国鉄の接続駅の茶屋町-児島間が廃止になったばかりで、瀬戸大橋完成までがんばって観光客を狙ったけど結局なくなった。私が行ったときの下津井駅は、丸亀行きのフェリー乗り場まで通路があって元気だったのだけど。もう一度自家用自転車で巡ってみたいところです。変わりようはすごいと思うけどね。
下津井電鉄は国鉄の接続駅の茶屋町-児島間が廃止になったばかりで、瀬戸大橋完成までがんばって観光客を狙ったけど結局なくなった。私が行ったときの下津井駅は、丸亀行きのフェリー乗り場まで通路があって元気だったのだけど。もう一度自家用自転車で巡ってみたいところです。変わりようはすごいと思うけどね。
国道を佐原に向かう。前はしっかりした地図を持ってこなかったので逆送してしまった。今回はこれに懲りて、やや荷物になるが地図を持参。これは正解だった。霞ヶ浦から離れて人家が少なくなる。少し店が固まってあるようになったと思ったら大杉神社が現れた。最近修復されて極彩色が鮮やか。ここで休憩。神社でお参りすると、横に人なつっこい猫がいた。鳥居の近くの食堂で蕎麦を食べる。
神社はカラス天狗を祭ってあるようで、大きな天狗とカラスの真新しい石像があった。充分休んで佐原を目指す。横に見たことのある建物が現れる。あれっと思って走っていると、前に見た水郷大橋に突き当たる。利根川閘門も見える。前にきたときこの橋を渡れば良かったのに左へ曲がったのが間違いだったのだ。橋を渡って左折したら佐原だった。
折りたたみ自家用2輪車フレッタの前後スプリングを換える。奥多摩へバスで上まで行き、一気に下ったとき主体が上下に揺れる。それから平坦なところでも力を入れてこぐと上下に揺れる。ハンドルも急に曲げるとグニャという感じが何度かあった。これがユーザーのホームページでフワフワするということなのだと体感した。特に上下にユッサユッサと揺れるのには参った。ペダルの力が上下にする力になっているようで、推進の力になっていない感じ。
それで「サイクルハウスシブヤ」のスプリングに換えたら良くなったというのを見て決断する。上下動をなくすパーツはその他にもいろいろあって、輸入元のミズタニサイクルもハードスプリングを出しているし、ワイズロードの高いものなどがあった。結局「サイクルハウスシブヤ」に換えたユーザーが多いし、定番のようなのでそれに乗った。
仕事の途中で日本橋のスポーツ自転車点にサイクルハウスシブヤのスプリングはあったけど黒の1種類だけ。色は黄色が欲しかったし最もハードなスプリングが欲しかったのだ。それでサイクルハウスシブヤに直接行くことにする。仕事先がお花茶屋にあって二度ほど店に入ったこともあった。
行くとスプリングの固さは試乗車に乗って確かめた方がいいですよっといわれる。黄色のハードスプリングと決めていたのだけど、すすめられて乗ってみる。私のより高価なパーツに取り替えてある試乗車で、2スピードに切り替えられたり、タイヤを細い20インチに換えてあったり。スプリングの固さを換えた2つに乗ってみて、最も堅い物に決める。普通はハードは赤か黒しかないのだが、特別に黄色もあった。その日の夜換える。サイクルハウスシブヤのスプリングは長いので折りたたみしにくくなるとホームページに出ていたが、そのとおり。これがさうかという感じ。まあ、いろいろやってとりあえず装着。本日、試しに多摩川を走る。走りは「クロスバイクに近い針になるが、折りたたみがしにくくなる」です。
スプリングの他にいろいろ換えました。まず時計。100円ショップの時計を接着剤で付けて、これでいいと思っていたけど、自転車置き場で誰かが動かすときに時計を持って下に落ちていた。また付けたけど、今度は時計が行方不明になっていた。それで、初めに付けようと思っていたものを購入。前は売り切れだったけど、入荷されていた。
それとケーブルの鍵。これは猪苗代湖に行ったときになくした。同じような鍵で柔らかなケーブルのものを購入。それと後ろの赤く点灯するライトを小さなものに。前はジャイアントのクロスバイクに付けていて使わなくなったものを無理やり止めていたが、斜めになっていて気に入らなかったのだ。それと大きかった。折りたたみには小さなもの、というのが私の考え。
それで「サイクルハウスシブヤ」のスプリングに換えたら良くなったというのを見て決断する。上下動をなくすパーツはその他にもいろいろあって、輸入元のミズタニサイクルもハードスプリングを出しているし、ワイズロードの高いものなどがあった。結局「サイクルハウスシブヤ」に換えたユーザーが多いし、定番のようなのでそれに乗った。
仕事の途中で日本橋のスポーツ自転車点にサイクルハウスシブヤのスプリングはあったけど黒の1種類だけ。色は黄色が欲しかったし最もハードなスプリングが欲しかったのだ。それでサイクルハウスシブヤに直接行くことにする。仕事先がお花茶屋にあって二度ほど店に入ったこともあった。
行くとスプリングの固さは試乗車に乗って確かめた方がいいですよっといわれる。黄色のハードスプリングと決めていたのだけど、すすめられて乗ってみる。私のより高価なパーツに取り替えてある試乗車で、2スピードに切り替えられたり、タイヤを細い20インチに換えてあったり。スプリングの固さを換えた2つに乗ってみて、最も堅い物に決める。普通はハードは赤か黒しかないのだが、特別に黄色もあった。その日の夜換える。サイクルハウスシブヤのスプリングは長いので折りたたみしにくくなるとホームページに出ていたが、そのとおり。これがさうかという感じ。まあ、いろいろやってとりあえず装着。本日、試しに多摩川を走る。走りは「クロスバイクに近い針になるが、折りたたみがしにくくなる」です。
スプリングの他にいろいろ換えました。まず時計。100円ショップの時計を接着剤で付けて、これでいいと思っていたけど、自転車置き場で誰かが動かすときに時計を持って下に落ちていた。また付けたけど、今度は時計が行方不明になっていた。それで、初めに付けようと思っていたものを購入。前は売り切れだったけど、入荷されていた。
それとケーブルの鍵。これは猪苗代湖に行ったときになくした。同じような鍵で柔らかなケーブルのものを購入。それと後ろの赤く点灯するライトを小さなものに。前はジャイアントのクロスバイクに付けていて使わなくなったものを無理やり止めていたが、斜めになっていて気に入らなかったのだ。それと大きかった。折りたたみには小さなもの、というのが私の考え。
前に行ったときは帆引き船を見ることができなかった。土日祝祭日には観光用に出ると観光ガイドには書かれていたけど。多分、早い時間に土浦に着きすぎたのではないかと思い、次は土浦に着くのを10時ぐらいにする。前は駅の改札を出ても店は全部シャッターが閉まっていた。今回は店は営業中。
自衛隊土浦駐屯地を出てしばらく水際は走れない。街を出ると水田と蓮根畑が見えてきて水際が見えてきた。遠くに白いものが。帆引き船だった。反対を走っていたら目の前だったのに残念。購入したばかりのキャノンのデジカメは光学20倍ズーム。試すにはちょうど良いと撮影。しかし遠すぎてアップにはならない。水面にモヤがかかっていて何とか撮れたの上。
街の中を出て左霞ヶ浦、右に畑を見て走れるようになった。ただ、こちら回りは自家用2輪車で走るには辛い。途中、霞ヶ浦の水質をきれいにする工事をしていた。まあ、色が黄色だからとてもきれいとは言えない。多摩川の方が、かなりきれい。それと下のように川というか、用水が流れ込むところは橋がない。だから橋のある内陸というか、遠回りをしなければならないところが多い。反対回りがおすすめ。
自衛隊土浦駐屯地を出てしばらく水際は走れない。街を出ると水田と蓮根畑が見えてきて水際が見えてきた。遠くに白いものが。帆引き船だった。反対を走っていたら目の前だったのに残念。購入したばかりのキャノンのデジカメは光学20倍ズーム。試すにはちょうど良いと撮影。しかし遠すぎてアップにはならない。水面にモヤがかかっていて何とか撮れたの上。
街の中を出て左霞ヶ浦、右に畑を見て走れるようになった。ただ、こちら回りは自家用2輪車で走るには辛い。途中、霞ヶ浦の水質をきれいにする工事をしていた。まあ、色が黄色だからとてもきれいとは言えない。多摩川の方が、かなりきれい。それと下のように川というか、用水が流れ込むところは橋がない。だから橋のある内陸というか、遠回りをしなければならないところが多い。反対回りがおすすめ。
再・霞ヶ浦の続きです。
水側を走ることができないので国道で先に進む。両側は住宅や商店、会社が切れ間なく続く。そしたら左に自衛隊霞ヶ浦駐屯地。門の前まで行ってみたら、門の近くにいる女性隊員が近づいて来て「予科練記念館見ていきませんか。無料です」。と言われたので中に入り、受付で名前を書き、簡単な説明と経路の紙と胸に付ける名札を渡される。それと休日は見学できないところがあることと、基地の中には行かないこと、基地の写真はとらないことを言われる。
木造の建物は予科練の医務施設として使われていたもので、休日は見学不可。多分案内する人がいないのだろう。その横が雄翔館という予科練記念館。
中は予科練で学んで戦死した方の遺品と遺影がぎっしり並んでいる。入り口では「脱帽」の張り紙。展示されている写真などの多さと雰囲気に圧倒される。別世界という感じ。みんな10代から20代初めの男性。桜花と呼ばれる爆弾だけを積んだ特攻機や船。どんな思いを持っていたのだろうと神妙な気持ちになる。
その横は庭園になっていて、富士山、琵琶湖など全国の有名地が書かれてあった。全国から予科練に来て、故郷を偲んだのだろう。中に予科練の碑。外に出ると現役を退いた戦車や装甲車などがずらり。まあ、使われなくてよかったという感じ。帰りに受け付けで説明をしてくれた隊員の方が門にいたので、会釈をしたら敬礼を返されました。なんか映画のよう。
水側を走ることができないので国道で先に進む。両側は住宅や商店、会社が切れ間なく続く。そしたら左に自衛隊霞ヶ浦駐屯地。門の前まで行ってみたら、門の近くにいる女性隊員が近づいて来て「予科練記念館見ていきませんか。無料です」。と言われたので中に入り、受付で名前を書き、簡単な説明と経路の紙と胸に付ける名札を渡される。それと休日は見学できないところがあることと、基地の中には行かないこと、基地の写真はとらないことを言われる。
木造の建物は予科練の医務施設として使われていたもので、休日は見学不可。多分案内する人がいないのだろう。その横が雄翔館という予科練記念館。
中は予科練で学んで戦死した方の遺品と遺影がぎっしり並んでいる。入り口では「脱帽」の張り紙。展示されている写真などの多さと雰囲気に圧倒される。別世界という感じ。みんな10代から20代初めの男性。桜花と呼ばれる爆弾だけを積んだ特攻機や船。どんな思いを持っていたのだろうと神妙な気持ちになる。
その横は庭園になっていて、富士山、琵琶湖など全国の有名地が書かれてあった。全国から予科練に来て、故郷を偲んだのだろう。中に予科練の碑。外に出ると現役を退いた戦車や装甲車などがずらり。まあ、使われなくてよかったという感じ。帰りに受け付けで説明をしてくれた隊員の方が門にいたので、会釈をしたら敬礼を返されました。なんか映画のよう。