Clip & Scrap

豆相人車鉄道

2006/12/11 Mon 00:45 +09:00 軽便 > 豆相人車鉄道

豆相人車

豆相人車以前のくりっぷスクラップに葛飾区郷土と天文の博物館で行われた「帝釈人車鉄道」企画展を掲載しました。そのとき暗くて色が悪かったので掲載しなかった、豆相人車鉄道の写真をいじっていたら、何とか見える位に補正できたので掲載します。説明のパネルは色補正できなかったのでモノクロです。

確か車体はレプリカで、別に展示してあったレールが本物だったと思います。豆相人車鉄道は人車鉄道としては最も有名で、小説にも多く登場。雨宮敬次郎の手で全通、後に熱海軽便鉄道となって蒸機運転になり、さらに大日本軌道株式会社小田原支社になるなど、本や他のホームページに詳しく出ています。

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小田原水産市場

2007/02/16 Fri 01:58 +09:00 軽便 > 豆相人車鉄道

水産市場


人車小田原駅跡の石碑がある場所から、国道1号を直角に曲がる細い道があって進んで行くと水産市場に出ます。街道物語によると、人車は市場から漁港あたりを通ったらしい。水産市場のまわりには魚料理を食べさせる店と直売店があって、結構人が出ていました。さらに進むと小田原漁港に出て、道は漁港をぐるっとまわっています。道は狭いのに車は切れ目がなく続いて、蒲鉾屋と釣具店があります。水産市場が上の写。下は小田原漁港。

小田原漁港

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軽便・早川〜石橋駅跡

2007/02/18 Sun 22:08 +09:00 軽便 > 豆相人車鉄道

早川駅跡

街道物語で人車跡と書かれている道は、小田原漁港を過ぎて国道153号を横切って続いています。日下部邸の前が軽便の早川駅ということで表札をさがしたらありました。旧道はずっと続いていて、途中から国道153号といっしょに。上が国道を横切るところ。下は早川駅があったと言われる場所。

早川駅跡日下部邸

国道を行くと、旧道が集落の間を通るようになります。軽便石橋駅はタバコ屋の前と街道物語には書かれているのですがタバコ屋はなし。なくなったのかなっ。バス停の石橋はありました。それが下の写真。石橋

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米神〜根府川駅跡

2007/02/21 Wed 01:21 +09:00 軽便 > 豆相人車鉄道

相模湾

軽便石橋駅があったと思われる集落を抜けると、また旧道になる。国道153号より一段高いところに道路はあって、そこからは海がよく見えます。途中、山に向かう坂道があり、源頼朝が平家討伐旗挙げをした石橋山古戦場と看板が。車が次々と降りてきます。本当かどうかわからないけど、我が家は源氏の家紋で義仲が祖先と聞いているので寄ってみようかとも考えたが、遅く家を出たので今回はパス。

しばらくすると国道153号と合流。集落が見えてくるとまた旧道らしき道が集落に入っていきます。人車と軽便の米神駅は集落の中にあったらしい。街道物語には人車と軽便の駅は別のルートを通っていたらしいと書かれています。下が米神の集落。

米神

ここから旧道は登り坂が続くようになる。これまで国道と併走していた旧道は山の中に入ってくねくねと曲がった登り坂。街道物語もここから先は出ていないのです。山ばっかりだからなのかな。

初めに載せた根府川駅跡のプレートには、乗客も降りて押した人車と書かれていたけど、まさにその通りだっただろうと思われる坂道の連続。道路に真鶴町の看板が見えると、こんどは下りの連続。多分、今度は人車に飛び乗ってブレーキ操作をしたのではないかと想像してチャリで走りました。

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城口駅跡

2007/02/25 Sun 22:47 +09:00 軽便 > 豆相人車鉄道

城口


下り坂が続く国道153号をブレーキをかけながら走ると、JR真鶴駅が見えてきます。線路と並行して走り、153号と別れて旧道と思われるガード下の道を行ったところで真っ暗になったので、これ以上行ってもしょうがないので真鶴駅に戻りました。

真鶴駅の横に人車城口駅跡のプレートがありました。上の写真。暗くならなかったら、このまま通り過ぎてしまったかも。このプレートの後に駐輪場があって、そこが人車城口駅の跡のよう。人車の当時はJR線はなかったわけですから。

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熱海軽便鉄道蒸気機関車

2007/03/04 Sun 23:00 +09:00 軽便 > 豆相人車鉄道

熱海駅蒸気機関車

鷹取工場プレート暗くなったので真鶴で引き返した豆相人車鉄道の跡めぐりですが、間を置くと忘れてしまうので、再度行ってきました。今度は熱海まで行って真鶴まで向かうことにします。前と同様、まずJR大崎駅へ。前は小田原行き快速に間に合わなかったので早めに出ました。やっぱり快速は速かったです。小田原から東海道線で熱海へ。

2度熱海に行っているのだけど、寄っていなかった静態保存されている熱海軽便鉄道の7号蒸気機関車のところへ。後の間欠泉の煙がちょうどいい雰囲気になった。横には国鉄鷹取工場復元のプレート。熱海−小田原25キロを2時間40分かかって走っていたと書かれてありました。

また、しばらくこの話しを続けます。

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人車熱海駅

2007/03/07 Wed 01:16 +09:00 軽便 > 豆相人車鉄道

人車熱海駅

JR熱海駅の保存蒸機とともに知られている人車と軽便の熱海駅跡。小田原の人車駅跡は歩道橋の下ですぐにわからなかったけど、こちらはすぐわかりました。南明ホテルを探していけばよかったから。JR熱海駅から遠いと思っていたらすぐ近く。

伊豆山神社


熱海から国道153号を小田原に向かって走ると「走り湯」の看板。向かいに伊豆山神社の石段。街道物語によると、この近くに人車と軽便の伊豆山駅があったはず。

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すりかえ

2007/03/11 Sun 02:17 +09:00 軽便 > 豆相人車鉄道

逢初橋

伊豆山人車の手前に赤い欄干が両側の道路がありました。ここが逢初(あいぞめ)橋。街道物語によると北条政子が縁談を嫌い、婚礼の夜頼朝を慕い抜け出し、ここで頼朝と対面をしたという。今では橋というより、道路の両側にガードレール替わりに赤い欄干があるといった感じる

稲村

伊豆屋の桜並木は2月の終わりだというのにもう咲きはじめていました。今なら満開に近いかも。バスが国道を走っているので、停留所を見ていくとだいたいの地名がわかります。稲村の停留所が見えます。多分このあたりが、すりかえをした稲村駅跡。写真の右の狭い道路の先に集落があるので、もしかしたらこちらを通ったのかな。

稲村を過ぎると国道に沿って走っていた人車は海寄りの崖の中腹を走ってしたと書かれていたので崖の方に行ってみる。道らしきものは見当たらなかったので国道に戻りました。

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