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大崩海岸

2013/05/04 Sat 13:53 +09:00 国鉄 > 大崩海岸

少し坂を上がると道路は海上の橋になって、右の陸地にぐれて埋まった覆いが見えます。海中に崩れたコンクリートが落ちています。これが大崩海岸。

以前、息子と田園調布を自転車で走っているとき、目の前にものすごい坂が現れて、名前が安直でストレートな「急坂」と書かれていて大笑いしたことがあります。大崩海岸もそれと同じ考えの名前。あちこちで崩れてました。

初め東海道線開通時にトンネルを避けて、海岸沿いギリギリに建設。その後、内陸部にトンネルを移し、後は道路に。海岸が崩れて海上に道路を移したものです。道路も内陸部にトンネルができて、交通量は多くありませんでした。海上の橋の上では釣りをしている人もいました。

道路は橋が終わるとトンネルに入り、曲がりくねった登り坂になり、豆相人車鉄道跡に言った根府川付近と同じような風景が続きます。

大崩海岸

大崩海岸

大崩海岸

大崩海岸

この写真の右、海上橋の上には富士山が見えるはずなのですが、曇っていてうっすらわずかに見えるだけでした。富士山のビューポイントとしても有名らしいのですが残念。この後、富士山が世界遺産候補になったとのニュースが流れました。

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石部トンネル

2013/05/11 Sat 11:58 +09:00 国鉄 > 大崩海岸

石部トンネル

石部トンネル

石部トンネル

海上の曲がりくねった橋が終わるとトンネルに入ります。東海道線の遺構かと思いましたが道路用に掘られたもののようで、鉄道用は埋められたようです。登り坂が続く道路用のトンネルを出ると眼下の海に、崩れ落ちた赤いレンガがかすかに見えます。これが残っている石部トンネルのものと思い、降りる道を探しましたが見あたりません。金網で囲った廃棄場がありますが立入禁止。さらに行くと「私有地に付き立入禁止」の看板。ここからガードレールの向こう、海側を見ながら坂を戻っていくと、草に埋もれて下りの階段と白い手摺りがありました。ガードレールを乗り越え下っていくと海に出ました。

海上からは東海道線が開通時に掘られた石部トンネルが見えました。かなり波で浸食されて崩れているのがわかります。その近くまで行くにはテトラポッドと岩の上を歩いて行く必要があります。ここで引き替えそうとも思いましたが、ここまで来たのだからと少し休んでディパックを置き、コンデジだけ持って行って見ました。

石部トンネル

石部トンネル

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大崩海岸を歩く

2013/05/18 Sat 23:30 +09:00 国鉄 > 大崩海岸

若かったら多分休まないですぐ行くなっ、と思いつつ休憩。気合いを入れて廃棄場のの堤防に上がる。ちょうどはしごが立てかけてあったのです。テトラポッドの上を歩くほど身軽ではないので。堤防から下へ降りるのも急で大変でした。

石だらけの海岸というか堤防下を歩いていきます。地震でも起きたら大変なので、できるだけ海沿いを歩きました。その方が崩れてきても安心のような気がして……。それだけすごかったです。

大崩海岸を歩く

海の中にも崩れ落ちた石の土止めが。丸くなってるから明治の鉄道を施設した時のものかも。

大崩海岸を歩く

大崩海岸を歩く

石部トンネルの近くに行くとレンガが落ちていました。2本あるトンネルの山側が崩れ落ちたようです。

大崩海岸を歩く

大崩海岸を歩く

山側にははしごがかかっていました。崩れている部分に近く、さすがに登る気持ちにはなりません。もういいかっと戻ることにしました。廃棄場の堤防の近くまで来て、石部トンネルの方を見ると人が歩いてきます。どうやら道路から降りてきた用です。後で帰ってからWEBを見ると石部トンネルの近くに下へ降りる道があるようで、山側にかかったはしごから河原に降りられるようでした。

大崩海岸を歩く

大崩海岸を歩く

大崩海岸は法面工法のオンパレード。最も最近の工法と思われるのは堤防の部分。袋に砂を入れているのかと思ったらコンクリートでした。堤防の急な凸凹を落ちないように気を付けて登り、来た道を帰りました。その下には、埋められた磯部トンネルがあるはずです。

帰ってからWEBで石部トンネルを調べると、以前より崩れていること、外が住んでいたことがあること、奥まで入ったり横穴にも入ったページがありました。

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JR袋井駅へ

2013/05/19 Sun 10:13 +09:00 国鉄 > 大崩海岸

大崩海岸

大崩海岸

大崩海岸

岩部トンネルを過ぎても急な登りは続きます。ツーリングで用宗街道を入っている人は多く、焼津から来ると下りになるので「下りだぁ〜」と叫んでいました。やがて平らになり工事中の一方通行の区間を過ぎると2軒の廃屋が。崖の上に建てられた家で、海側は崩れていました。

その後、袋井駅へ向かいました。用宗駅のホームを見ると下がレンガなので、明治時代のホームをかさ上げしてそのまま使っているようです。袋井駅は以前、静岡鉄道駿遠線跡に行った時から変わっていました。駅を建て替えて海側と連絡通路ができます。以前は駿遠線跡とわかる敷地が残ってましたが、整地されてわからなくなっていました。

用宗駅

袋井駅

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駿遠線跡再び

2013/05/20 Mon 11:07 +09:00 軽便 > 静岡鉄道駿遠線

袋井駅

袋井駅

袋井駅

前に袋井に降りたのは2010年の秋。歩行者と自転車が通れる細い地下道は以前もありました。多分、これでは大勢が通れないし、駿遠線跡があるので工事ということになったのでしょう。駿遠線の跡は工事用の車両の出入り用に、ガードレールで仕切られていました。この道路の反対側も、以前は畑が多かったのですが大型店もできて新しい道路もできていました。寂れた感じの海側もこれから開発されて大きく変わっていくのでしょう。

今回、袋井まで来たのは、駿遠線の蒸気機関車が復元されたと聞いたからです。蒸気機関種の復元も海側の開発と関係があるのかも。

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日本一の軽便鉄道

2013/05/25 Sat 08:41 +09:00 軽便 > 静岡鉄道駿遠線

駿遠線跡 駿遠線跡

以前行った静岡鉄道駿遠線跡の遊歩道を折りたたみ自転車で走ります。駅名の標識が新しくなった以外は以前と同じ。この遊歩道に浅名駅の標識が以前はあったので、多分その近くに復元された蒸気機関車があると思って行くと違いました。新しく広い公園ができ、その中に郷土館と蒸気機関車がありました。

復元された静岡鉄道駿遠線2号蒸気機関車も、おそらく外観だけ似せただけのチャチなものだろうと思っていましたが、近くに行ってみると裏切られた見事な復元。今にも走り出しそうな感じでした。孫を連れたお祖父さんが「浅名町も袋井市と一緒になって、お金があるようになったなぁ」と話しかけられました。駿遠線の走っていた頃を知っているお年寄りでした。袋井駅の駿遠線跡の敷地が新しい駅になって記憶がなくなるので、浅名町に公園を作り、思い出の蒸気機関車を復元したのかもしれません。

蒸気機関車の説明板には「日本一の軽便鉄道」と書かれて説明が。全部を走ってみたいのですが、何しろ日本一の軽便鉄道なので、70キロ以上と距離が半端じゃないので、相当決心をしないと全行程を走るのは無理かもしれません。まっ、そのうちに。

浅名公園

駿遠線2号機関車

駿遠線2号機関車

浅名公園

浅名公園

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五十岡

2013/05/26 Sun 11:36 +09:00 軽便 > 静岡鉄道駿遠線

駿遠線五十岡

駿遠線茶畑

駿遠線新岡崎

浅羽公園から先の駿遠線廃線跡に行ってみます。以前も行ったところです。ホームが残っていた五十岡(いごおか)駅跡は綺麗になってホーム場に休憩所ができていました。個人的には以前の姿の方が、実際の駅の跡という感じで良かったのですが、整備して後世に残すという方法と好みが分かれるところです。

茶畑の間の廃線跡は5月の新芽のシーズンで、緑が鮮やか。新岡崎駅跡も駅名の部分が新しくなっただけで以前と同じでした。そもの先も行ってみましたが整備はされてなく普通の道路。引き返して袋井駅に向かいました。

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