Clip & Scrap

JR大府駅

2014/08/01 Fri 01:33 +09:00 JR東海 > 武豊線

リニア鉄道館にガッカリして、名古屋駅の地下街で食事をして、予約してあるビジネスホテルへ。朝5時半ごろ起きて、6時にはチェックアウト。名古屋駅の東海道線の大府方面のホームに6時半ごろには出ました。

通勤時間帯が始まって中央線は超満員。大府駅で下車して武豊線ホームに移動。武豊から来るディーゼルは、朝はほとんど名古屋行きの快速で、中央線に乗り入れていました。

武豊線に行こうと思ったのは、東海道線を敷設するための資材を、港から運んだ名古屋地域では初めの鉄道なので、当時の施設がそのまま残っていること。以前、名鉄で名古屋から豊橋に向かったとき、併走するJRの車両がパンタグラフのない車両で、電車に負けないスピードだったので興味を持ちました。それと武豊線の電化工事が始まったので、その前にディーゼルが走る姿を見たかったのです。

大府を出ると東海道線を越えて武豊に向かいます。右手に貨物船の線路が見えました。開通当時の線路だそうです。大府駅には、太平洋セメントのホキ1000の長い編成のをEF210桃太郎が牽引していました。

JR大府駅

JR大府駅

武豊線旧線

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JR亀崎駅

2014/08/02 Sat 23:40 +09:00 JR東海 > 武豊線

JR亀崎駅
武豊線のJR亀崎駅は、国内最古の現役駅舎で有名です。外観は補強・改装が少しされていて明治時代の駅舎とは思えません。駅舎内に入ると柱や補強材を見ると、年代を感じさせます。駅舎内は通勤時間で学生が多く、撮影はやめました。駅舎の外にも車が停車していて移動してくれませんでした。自動販売機も駅舎から話せばいいのにと思います。

JR亀崎駅
ホームの列車交換風景です。左は名古屋行き。右は名古屋からの快速。両方ともキハ75形で、朝夕の名古屋直通はキハ75形、昼間の閑散期は武豊線のみでキハ25形が使われているようです。キハ75は優等列車のような正面で、重厚感があります。

写真のように架線は全線工事が終わっていました。武豊駅で、運転手さんに聞いたら「変電所がまだなので、3月から電車が走る」とのことでした。

JR亀崎駅
古いホームを利用した駐輪場には「武豊線 複線電化 高架 早期実現」の看板がかかっていました。「複線電化 高架」が色褪せて見えなくなっていて月日を感じさせます。電化は分かるけど複線と高架もは欲張りではと思いましたが、後でこの意味がわかりました。

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JR半田駅

2014/08/04 Mon 12:04 +09:00 JR東海 > 武豊線

JR半田駅

JR半田駅

JR半田駅

JR半田駅 JR半田駅

JR半田駅は武豊線の中でも大きな駅で、駅舎を出ると、知多半島酪農発祥の地の石碑、ごんぎつねの新見南吉のふるさと、ミツカンの本社がある酢の里などの立看板が見えました。

今回の目的はJR最古の跨線橋とレンガ作りのランプ小屋。跨線橋は幅が狭いのですが、手入れも良く、良い風貌ではありました。手前に車が駐車しているのが、見る側からすると惜しいところです。駅舎も古いもののようで、木製の柱がしっかりくまれていました。

大府寄りに保存されている蒸機の姿が見えます。行ってみることにします。

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半田市鉄道資料館

2014/08/05 Tue 01:41 +09:00 博物館

半田市鉄道資料館

半田市鉄道資料館

半田市鉄道資料館

半田市鉄道資料館

半田駅横にC11が保存されているので行ってみます。C11 265で武豊線最後の蒸機牽引列車を牽引した蒸気機関車と説明板に書いてありました。以前は半田市民ホールに保存されていたのですが、ホールの取り壊しに伴い駅近くに移転してきたということです。

そのためか、通常保存してある蒸気機関車の動輪、ロッドは銀色に塗られていて、個人的に好きではないのですが、半田のC11は今にも動き出しそうに磨き出されていました。

隣にプレハブの小さな建物があります。半田市鉄道資料館。入場は無料ですが、第1・第3日曜日のみ開館のため、中には入れませんでした。ガラス越しに見ると、いろいろな資料が並べられていました。

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JR武豊駅

2014/08/07 Thu 00:20 +09:00 JR東海

JR武豊駅

JR武豊駅

JR武豊駅

JR武豊駅

武豊駅は無人駅。終端のレールの左が、以前、武豊港まで伸びていたのだと思われます。構内にレールは数本ありますが、使っているのはホームのあるレールのみ。

改札を出ると、駅前はロータリーになっていて、中央に銅像が建っています。高橋煕(さとし)の像。台風で線路の流失を知らせて乗客を救って、自らは殉職したという功績をたたえ建立されたものです。ちょうど私が下車したとき、小学生の1クラスが武豊線に乗ろうとして待っていたら、「あっ、お参りしなくちゃ」と次々とお参りしに来たのには驚きました。多分、学校で銅像のことを教えているのですね。

廃止された武豊港駅の方向に行ってみようと、暑い中歩き出しました。

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武豊港駅跡

2014/08/08 Fri 12:01 +09:00 JR東海 > 武豊線

武豊港駅跡

武豊港駅跡ターンテーブル

武豊港駅跡 武豊港駅跡

武豊港駅跡 武豊港駅跡

JR武豊駅のレールが切れている方向へ歩いていくと、JR東海管理地の看板が立てられた囲われた場所があります。さらに先は公園になっています。武豊線が開通時は、もっと海寄りに駅があって、現在の武豊駅の場所に移動。その後、貨物専用の武豊港駅として復活したけど、廃止された経緯があります。

公園がなくなると道路は大きく左折して下り坂に。多分、道路が線路跡なのだと思います。道路の両側に黒い板塀が現れてきます。やがて信号があり、右手にメリーゴーラウンドのような建物が見えてきます。武豊港駅時代に使われた転車台跡に鉄製の覆いが掛けられているのです。

蒸気機関車などのターンテーブルではなく、貨物用。小さく、十字型に線路が引かれ、木製の蓋がされています。どうやら港が直角に曲がった先にあって、線路を曲げられないので転車台を設けて対処したらしいです。効率を上げるために十字形の線路にしたと。「直角二線式転車台」と書かれていました。

おもしろいのは地元の小学生が、授業で町の歴史を調べているときに、地中に埋まっていた転車台を発見したことです。転車台の場所は「転車台ポケットパーク」と名付けられ、武豊停車場跡地の石碑、どのように使われたかの説明板、たけとよ夢回廊などと一緒に、転車台の周りに建てられています。

武豊港駅跡の向かいは「みそ蔵の小径」なので、黒い蔵の間を歩くことにします。それほど大きくない味噌・たまりの製造元が点在して、近くに行くと、しょっぱい麹のにおいが漂ってきます。江戸時代、和歌山、千葉と並んで醤油の産地だったことは知りませんでした。武豊だけはなく知多半島は発酵食品のメーカーが数多くある地域ということは、来るまで知りませんでした。

武豊港駅跡

味噌・たまり

味噌・たまり

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名鉄知多武豊駅

2014/08/09 Sat 12:51 +09:00 JR東海 > 武豊線

武豊港跡から来た道をJR武豊駅方向に戻り、手前で左折。30分ほど歩くと商店が多くなり名鉄河和線の踏切になります。JR武豊駅の昭和の町並から現代の街並になった感じです。車と人も多いです。河和線は複線。河和駅近くは高架駅でした。

JR亀崎駅に「武豊線 複線電化・高架 早期実現」と書かれた看板の意味が分かりました。昼でも名古屋直通の特急が走り、ダイヤ密度も高く乗客も多いです。名鉄の電化・複線をずっと見ているとそういう気持ちになると思います。

ここから名鉄河和線と知多新線に乗ってみることにします。

名鉄知多武豊駅

名鉄知多武豊駅

名鉄知多武豊駅

名鉄知多武豊駅

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武豊町歴史民族資料館

2014/08/10 Sun 13:28 +09:00 名古屋周辺 > 名古屋鉄道

名鉄河和駅

名鉄河和線

名鉄内海駅

名鉄知多武豊駅から知多半島の名鉄を回ってみることにします。まず、河和線の終点の河和駅へ。富貴駅に戻り、知多新線の内海駅まで。知多新線は単線ですが、トンネルは複線分スペースを取ってあって高架区間が多いです。途中に大学があって若い乗客が多いです。

漢字とカタカナが混じった面白い駅名の「上ゲ(あげ)」で下車。武豊町歴史民族資料館に行くためです。普通列車が少ないので知多武豊駅から歩いて行ってもいいのですが、上ゲ駅の方が近いのと、面白い駅名を見てみたかったのです。

武豊町歴史民族資料館は、線路沿いの大きな道を知多武豊駅に戻っていくとあります。道路沿いではなく、それほど大きくない建物ので、一度通り過ぎました。バックネットがある公園を曲がるとありました。

日本油脂株式会社の武豊駅近くと武豊製造所を結んでいた、ダイナマイト運搬車が保存されているというので資料館に入ってみました。入館者は私ひとり。係員が操る機織り機の音が館内に響いていました。日本油脂専用線は電化されていて、従業員輸送用の電車も走っていたようです。モノクロの写真は、説明板に載っていたものです。日本油脂武豊工場では、現在でも火薬を製造しています。

蒸気機関車時代の武豊線の写真も展示したあります。武豊港桟橋、転車台の写真も印刷物でありました。味噌・溜についても展示資料が並んでました。

来た道を引き返します。カンカン照りの中、ずっと歩いたので途中のコンビニでアイスを購入して頬ばりました。JR武豊線と近い知多半田駅に行こうと上ゲ駅で乗車しました。

名鉄上ゲ駅

日本油脂武豊工場ダイナマイト運搬車

日本油脂武豊工場ダイナマイト運搬車

武豊町歴史民族資料館

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名鉄知多半田駅

2014/08/12 Tue 12:42 +09:00 名古屋周辺 > 名古屋鉄道

名鉄知多半田駅

名鉄知多半田駅

名鉄知多半田駅

地図を見ると、名鉄河和線とJR武豊線の間が近いのは、武豊駅と半田駅の間で、歩いて行くことができます。知多半田駅とJR半田駅間の方が近いです。10分もかからないと思います。名鉄知多半田駅周辺は、再開発で新しくなったばかりのようで、街全体が現代的な街並になっていました。

駅の階上改札口から、駅前の建物とはつながっていて、入ると半田市のゆるキャラ「だし丸くん」がいました。ゆるキャラ総選挙の応援のぼりが横に。キレイにタイルが貼られた歩道を歩いていくと、JR半田駅の古い跨線橋が見えてきました。昭和にタイムスリップしたような感覚。

駅前の老舗食堂できしめんと味噌かつを食べ、足の疲れをとりました。もう一度武豊駅まで行き、帰ることにします。その間、東成岩(ひがしならわ)駅と、東浦駅近くに平行して分岐する線路が車窓から見えます。衣浦臨海鉄道です。

JR半田駅

JR武豊線 JR武豊線

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三河安城

2014/08/13 Wed 13:35 +09:00 JR東海 > 武豊線

JR武豊線

JR武豊線

JR武豊線

JR武豊線

JR武豊線

JR武豊線にはキハ75形とキハ25形が使われています。朝の通勤時間帯に大府駅から乗ったら、ほとんど名古屋駅直通の快速がキハ75形でした。大府行きはキハ25形。乗客には外観で車別が分かります。

キハ75形に乗車すると、イスなど車内設備が少し上で、車内が広いような感じがします。キハ75形の快速には車掌さんが乗車していたこともあるのかもしれません。キハ25形は313系電車のパンタグラフを外した感じ。だから架線が張られた武豊線をキハ25形が走ると、電化が終了したのかと錯覚を起こしそうです。

今回、高山線、武豊線でディーゼル車に乗りましたが、エンジン音は以前のDMH17系の、カラカラ・コロコロというものと違いますね。加速も良かったです。電化後は313系電車が使われることと思います。時刻表がどうなるか興味があるところです。

帰りは近くの三河安城から新幹線で帰りました。乗り換え時間に、半田駅でもらった案内パンフレットを見ていると、海側に行くと江戸時代に作られた運河と倉庫や、酢のミツカン本社と遺構もあるようでした。疲れて帰って来たことを少し後悔。ゆるキャラが、だし丸くんだったように、だしも祭の時は海岸にずらっと並ぶのだそうで、機会があればまた来ようと思います。

三河安城

三河安城

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長良川鉄道・JR武豊線の動画

2014/08/17 Sun 23:12 +09:00 動画 > デジカメ

7月16日に、JR岐阜駅から高山線で美濃太田から長良川鉄道で美濃市へ。17日はJR武豊線に言ったときの動画を一つにまとめました。

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犀川橋梁

2014/08/24 Sun 12:49 +09:00 JR東日本 > 篠ノ井・信越線

犀川橋梁

犀川橋梁

犀川橋梁

お盆に帰省。何もすることがないと近くの犀川橋梁に出かけることにしています。JR篠ノ井線としなの鉄道の車両を見ることができます。新幹線の線路もあるのですが、防音壁でパンタグラフしか見えません。

いつも時刻表などは見ずに、行って来た車両を見るだけ。犀川の川原に降りて、来るまでの間、バッタやひまわりを撮ってると、しなの鉄道115系とJR東日本E127系がやってきました。E127系を見るのは初めて。

日差しが暑いので線路を離れて行くと、後ろにワイドビューしなのと国鉄特急色の車両が走り去るのを見ました。189系かなっ。

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JAM 2014

2014/08/27 Wed 13:07 +09:00 模型

JAM 2014

JAM 2014

ビッグサイトのコンベンションJAM2014に行ってきました。個人的に気になったのは、KATOのサウンドボックスとiPadを使った運転と音。両方、共通ではなく、DCCを組み込まないとiPadの運転と音はできないと言われました。サウンドボックスはキガルに音を楽しめる製品ということでした。

会場で目立ったのはプラレールとレゴ。子供向けに面白いかもしれないと思いました。Nゲージのレイアウトセクションは参考になりました。

JAM 2014

JAM 2014

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長野電鉄松代駅跡

2014/08/29 Fri 23:37 +09:00 長野電鉄 > 屋代線

長野電鉄松代駅跡

長野電鉄松代駅跡

長野電鉄松代駅跡

帰省して空いた時間に長野電鉄松代駅跡に行ってみました。踏切はまだ線路が残っていました。松代駅の駅舎は道路から見ると以前のままなのですが、改札からホームに入ると構内のレールは全部外されて砂利が敷き詰められて駐車場に。何も無くなったので海津城がよく見えます。駅横のスーパーも閉店になって不便になったとバスの乗客が言っていました。まあ、鉄道が無くなると町もなくなるっ、と。

須坂寄りの金井山駅跡にも行ってみました。こちらは駅舎はなくホームの跡と駐輪場の屋根が草むらの中に残っていました。私が乗っていたころは金井山駅の周りは田畑で対面式のホームが2面ありましたが、現在は住宅地でホームは1面だけ。多分、少し建てば金井山駅跡にも住宅が建っているのではないかと思います。

長野電鉄金井山跡

長野電鉄金井山跡

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